2010-09-28

  • 或るひと

急に涼しく、時には寒さまで感じるようになりました。
ついこの間まで暑かったのが嘘のようです。

ドイツに住んでいるとき、とても驚いたのが道で物乞いをしているひとがいる・・ということでした。

旅行のガイドブックに出てくる、おとぎ話のような美しい古都のイメージがあまりに強かったせいかもしれません。

暖かくなってきた4月ごろ、石畳の綺麗な通りの角に、普通の会社員のようなスーツ姿の眼鏡を掛けた男の人が、じっと手のひらを上に向けて立っていました。
ブティックやカフェ、小ぎれいなパン屋さんも並ぶ、街の目抜き通りです。

きちんと、濃い緑色のネクタイを締めていたのが印象的でした。
髪型も、服装も、ごくごく普通のひと。

その日から通りを歩くたびに、その人を見かけました。



夏になり、人や街が長い長い休暇に入った時も。
同じシャツ、同じズボン。
来る日もくる日も・・道行く人に か細い声を掛け、祈るように手を顔の前に上げたまま、座り続けています。

いつの間にかネクタイは取れ、髪は伸び、髭で顔が覆われるように。

夏の賑わいが影を潜め、暗に冬を予感させるような風の冷たさを感じる9月の終わり、ちょうど今日のような日、彼を最後に見かけました。

中心の美しい通りからひとつ離れたさびしい道を ひとつまとめた荷物を肩にかけて、踊りながら、人目も気にせず大声で歌いながら向こうへ走っていく背中。
直視できなかった一場面。


その数ヶ月で変わってしまったものが何なのか、自分の心の中の「ぽっかり」と空いた一部に吸い込まれていった光景が言い表せない感情として今でも残っています。